地球の生物圏では、環境と生物(動物、植物、微生物)の相互作用によって水、炭素、窒素など生物の生命維持と活動に重要な物質が循環しています。人間の活動は地球規模での生態系の物質循環に影響を与え、環境問題を引き起こすこともあります。また、物質循環に関わる土壌に生息する微生物(細菌、古細菌、菌類)は生態系に欠かせない存在であり、食糧となる植物への栄養供給にも深く関わっています。
本研究室では、微生物を利用した土壌、火山灰堆積物、水圏における生態系の環境問題の解決を目指し、マクロからミクロまで生態系に関わる機能解明に向けた研究に取り組んでいます。
茨城大学付属国際フィールド農学センター圃場における研究
・有用微生物を利用した温室効果ガス排出削減と物質循環最適化
イネの根と相互作用することで、イネの生育促進や水田土壌由来のメタン排出量の削減に貢献する有用な微生物が存在します。本研究では、これらの有用微生物を利用して、温室効果ガス排出の削減や、植物の栄養となる窒素の土壌への貯蔵にかかる効果をアジア・ラテンアメリカを含めた稲作が盛んな多様な地域において実証します。・水稲高温適応品種栽培地における土壌改良資材投入の効果
水田は、温室効果ガスの一つであるメタンの主要な排出源であり、水田土壌由来のメタン排出量削減は喫緊の課題です。また、近年の夏期の気温上昇に伴う米の生産性の低下から高温耐性に優れたイネ品種が注目されています。さらに、土壌改良資材であるもみ殻炭(バイオ炭)の施用は、水田土壌由来のメタン排出量の削減に有効であることが示されています。本研究では、メタン排出量の削減に貢献することが示されたもみ殻炭(バイオ炭)を始めとしたた土壌改良資材を施用した水田において、イネ栽培を行い、温室効果ガス排出量を調査しています。・土壌改良剤の投入が土壌の物質循環に及ぼす影響の解明
環境への負荷が小さい持続可能な農業と生産性の向上の両立が求められるなか、土壌改良剤に着目して研究を行っています。本研究では土壌改良資材として、バイオ炭と微生物資材を用いています。土壌の物理、化学性に影響を及ぼし、作物の生育や温室効果ガスであるN2O排出に影響を及ぼすことが報告されているバイオ炭ですが、土壌に及ぼす影響は、投入した土壌の性質に左右されるため一貫した結果が得られていません。本研究では日本の畑地の約半分を占める黒ボク土へにおいてバイオ炭投入による影響を解明することを目的とした研究を行っています。また、微生物接種区ではN2Oを無害なN2に還元する能力がある微生物を用いて、土壌から発生するN2Oの低減を目指しています。
湖沼の物質循環を駆動する微生物の実態解明
茨城県南東部に位置する霞ケ浦(北浦)では、周辺農地からの窒素負荷により、栄養度が高くなっています。また、近年の気候変動による夏季の高温化により、水深が深い湖心部では酸素濃度が低い貧酸素水塊が発生することが明らかとなっています。湖沼や湿地は温室効果ガスであるメタンの主要な発生源の一つであり、流入した窒素の循環やメタンの発生には湖沼中に生息する微生物が密接に関与します。本研究では、霞ヶ浦(北浦)の湖底堆積物サンプルを用いて、メタンや窒素の循環に関与する微生物の気候変動影響下における実態を培養法と非培養法(バイオインフォマティクス)を組み合わせた手法により解明することを目的としています。気候変動と微生物の関係をより明確化することで、将来的な温室効果ガスの排出抑制技術への応用が期待されます。
火山島の初成土壌形成に関わる微生物生態系の解析
・西之島火山灰堆積物における微生物群集構造解析
2020年に巨大噴火を起こした西之島では、噴火の影響で島の生態系はリセットされてしまいました。土壌中の微生物たちは生態系の再構築に重要な役割を果たしています。現在も活動的な西之島において微生物たちが土壌形成や一次遷移にどのような働き、役割を持ち、相互作用しているのかについて研究を行っています。
・異なる植生遷移過程における物質(元素)循環機能を担う微生物生態系の解明
三宅島雄山は2000年に噴火し、大量の火山灰と酸性火山ガスの影響を受けて自然生態系に甚大な被害を及ぼしました。噴火から約25年が経過した現在では、ハチジョウススキなどの草本類からオオバヤシャブシなどの木本種まで、多様な植生回復段階が確認されています。本研究では、こうした異なる植生遷移段階に着目し、土壌微生物群集の変化と物質循環機能を担う微生物の特徴を明らかにすることを目的としています。また、三宅島に加えて、2020年に噴火し生態系が形成される初期段階にある西之島や、5000年以上噴火がなく安定した植生をもつ御蔵島も研究サイトとして設定することで、攪乱直後から回復後、さらには安定状態に至るまでの広範な植生・環境条件下における微生物生態系の変化を明らかにし、広いスケールでその実態を明らかにすることを目指しています。
ニュウハクシミに内生する微生物の同定
近年では、文化財害虫による文化財の劣化や崩壊が問題となっています。生物による文化財の劣化機構の解明とその防除方法に関する調査研究を行い、持続可能的な活用に向けて取り組んでいます。2022年に日本のいくつかの文化財で新たに本の紙を食するCtenolepisma calvum(和名:ニュウハクシミ)が発見されました。ニュウハクシミは既存種と比べ低湿度に強いだけでなく、日本で発見された個体群、繁殖個体群から雄が見つからないことから雌のみで子を作る単為生殖が示唆されています。私は現在、ニュウハクシミの単為生殖に着目し、ニュウハクシミの成長・生存・繁殖に関わる器官・細胞内に共生する微生物のメタゲノム解析から、ニュウハクシミの生態学的特徴と共生微生物の役割を明らかにすることを目的に修士論文研究を進めています。